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大阪高等裁判所 昭和49年(う)1050号 判決 1977年5月31日

本籍

奈良県大和高田市大字藤森二二一番地

住居

大阪府八尾市南小阪合町二丁目二番一九号

会社員

安井義治

大正一五年五月一九日生

本籍

奈良県大和高田市大字土庫六四九番地

住居

同市大字高田一四〇五の一

無職(元大和高田市農業協同組合理事)

細川平一

明治四三年二月一五日生

右安井義治に対する背任、細川平一に対する背任、贈賄、業務上横領、法人税法違反各被告事件について、いずれも昭和四九年六月一三日奈良地方裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 鈴木芳一 出席

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人細川平一についてはその弁護人丸尾芳郎、同弁護人尾上実夫作成の各控訴趣意書(弁護人尾上実夫、同丸尾芳郎は弁護人丸尾芳郎作成の控訴趣意書一枚目裏一一行目及び同末行に「回収不能の事態を招集する危険」とあるは「回収不能の事態を招来する危険」と、また二枚目表一〇行目に「回収不能の結果を招集したのは」とあるは「回収不能の事態を招来する危険のあったことの認識とは」と訂正すると陳述)、被告人安井義治についてはその弁護人中藤幸太郎、同松本武裕共同作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

被告人細川平一の弁護人丸尾芳郎の控訴趣意第一点及び同弁護人尾上実夫の控訴趣意第一の(ハ)(いずれも背任の点の事実誤認の主張)について。

論旨は、要するに被告人細川は進弘企業株式会社に対し確実に貸付金の回収ができるものと考え、かつ、右貸付によって大和高田市農業協同組合の利益を挙げようとして本件貸付に及んだものであり、同組合に財産上の損害を生ぜしめることについての認識も第三者である同会社の利益を図る目的もなかったものであるとして背任罪の成立に必要な犯意と目的を否定し、これを肯認した原判決には事実誤認があるというのである。

そこで所論にかんがみ記録及び証拠を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するのに、原判決挙示の関係証拠によれば、犯意と目的の点を含めて原判示事実を優に肯認することができ、原判決に所論のような誤りは見出せない。

すなわち、右証拠によれば、

一、大和高田農業協同組合の理事組合長である被告人細川は、進弘企業株式会社代表取締役社長の被告人安井義治から同会社に対する融資を懇請された際、農業協同組合財務処理基準令及び定款によって同会社のような営利法人に対する組合資金の貸付が禁止され、しかも例外的に認められている組合員以外の者に対する貸付にも限度額が定められているのにこれに違背し、被告人安井に出資させて同被告人を準組合員にしたうえ同被告人に対する個人貸付の形式で同会社に対し同組合資金の継続的な貸付を開始し、その後被告人安井の要請により昭和三六年六月頃からは貸付名義を同会社とし同四三年二月一〇日頃まで組合資金の貸付を継続していたものであること、

二、しかし同会社に対する貸付金の回収が十分できず、貸付金残額は同三三年一二月末九〇〇万円、同三四年一二月末一、二六〇万円、同三五年一二月末四、二四五万円、同三六年一二月末六、八九五万円、同三七年一二月末一億六、八四五万円と累年増加の一途をたどり、同三六年四月頃から毎月収入金予定表を提出させて確実な回収をはかろうとしたが同表に記載の収入金予定額どおり履行されないまま同三八年六月末には二億三、〇〇五万円に増加し、最終の同四三年二月一〇日には一九億六、〇三〇万円に達したこと、

三、この間被告人細川は被告人安井から右貸付の継続にあたり担保として、(1)同三五年五月二六日付をもって貸付当初から担保提供を申出ていた大和高田市大字三倉堂に所在する被告人安井らの所有する土地、建物に極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定し、(2)同三八年六月下旬頃右三倉堂所在の土地、建物の極度額を三、〇〇〇万円に増額するとともに同市大字藤ノ森に所在する被告人安井の父安井杉松、兄安井清勝、同会社取締役当麻恵司らの所有する土地、建物について極度額三、〇〇〇万円の根底当権設定と代物弁済予約の契約を締結し、(3)同四〇年一一月被告人安井所有の山林に極度額一、〇〇〇万円の根抵当権を設定し、(4)同四二年一二月から一月にかけて同会社所有の長野県軽井沢町及び兵庫県南淡町所在の土地について担保提供を受けるため権利証の交付を受けているにとどまり、いずれも前記貸付残金を十分担保する額にははるかに及ばず、しかも(1)の担保提供を除くその余の担保提供を受けるについてはその要求をしてからかなりの日時を要していたほか、右(2)の担保提供を受けた同三八年六月当時、既に被告人安井からこれ以上の担保提供は困難である旨告げられ、その時点における貸付額が原判示のとおり右不動産のほか定期貯金、定期積金払込済金を含めた担保額より一億一、〇九一万円余も超過している状態にあったにも拘らず、融資を停止することにより同会社の事業遂行が困難となり倒産して同会社から貸付金の回収をすることができなくなることを虞れ、原判示同年七月以降も引き続き前記のとおり被告人安井の貸付要請を容れて本件貸付を継続していたものであること、

四、本件貸付を継続中、同組合は奈良県農業協同組合中央会や奈良県から数回にわたって監査を受けていたが、そのうち同三六年一月当時までの監査では単なる貸付限度額を超える貸付であることの指摘にとどまっていたが、同三八年一〇月以降の監査では担保不足や回収の危険性も指摘されるに至っていたこと、の各事実が認められ、右の事実に照らせば、被告人細川が検察官に対する供述調書において貸付残額が一億円を超えた頃から倒産の危険性を感じ貸付金の回収について不安であったが貸付を停止して倒産されるとそれまでの多額の貸付金が回収できなくなり事態が表面化すると困るので貸付を継続したとの趣旨の供述をしている部分も所論のいうように信用性のないものとして排斥することはできないのであって、右のように同三八年六月の時点においてそれまで長期にわたり貸付金の回収が十分できず貸付残額が年々増加し、一方これに対する十分な担保提供も受けられず、しかも被告人安井や同会社にそれ以上の担保提供能力のないことを知りながら同年七月以降さらに引き続いて原判示のように貸付を継続しているのであるから被告人細川にその後の貸付の継続により同組合資金の回収不能の事態を招来するし同組合に財産上の損害を負わせる危険のあることの認識があったことは否定できないし、しかもこのような認識がありながら同会社の資金需要に伴う貸付要請に応えて貸付を継続したばかりでなく、貸付額の増額の要求に応じて十分な担保の裏付もなく多額の融資をしたものであるから貸付の相手方(第三者)である同会社のため財産上の利益を図る目的のあったことは明らかであるというべきであり、右の認定に反し、所論にそう被告人細川、同安井の原審公判廷における各供述は措信できない。

所論は、同会社が官庁関係の水道工事請負業者であること、遂次増資を重ね事業範囲を拡大していたこと、他の市中銀行からも融資を受けていたこと、いわゆる黒字決算書及び資金繰りを示す収入金予定表を提出していたこと、同組合に対しては他金融機関より割高の利息を確実に支払い同組合の受けた利益も大きいこと等を挙げて被告人細川に前記の犯意と目的がなかったというのであるが、前認定のとおり被告人安井の提出して来た収入金予定表は長期にわたって殆どその記載どおりの入金が実現していないのであるから右所論指摘の点は財産の損害を負わせる認識を欠くことの証左とはならず記録を検討しても被告人細川は同会社提出の決算書(証拠上同会社は決算書の内容を紛飾して黒字決算とし、しかも各年度毎に提出先によりその内容の記載を異にした少くとも二種類以上の決算書を作成していたが、そのうち同組合に示した決算書として認定できるものは昭和四二年三月期の借入金を九億九、三〇〇万円と記載した決算書(当裁判所昭和四九年押第三六号の九一)にとどまり他年度分については明確ではない)、あるいは他銀行との取引状況や事業拡大の点についてもその内容や実態について十分な検討を加えず、むしろ被告人安井ら同会社関係者の説明を聴取することに重点を置いていたとみられるから前記認定の犯意を左右するものとは考えられないし、本件貸付によって同組合に多額の利息金収入のあったことは否定できないけれども右は同会社の資金需要に応え貸付をして同会社の利益を図ったことに伴う付随的な利益に過ぎないのであってその事実をとらえて同会社の利益を図る目的の存在を否定することはてきずその他所論の点を考慮しても前記認定を左右するものではない。論旨は理由がない。

同弁護人尾上実夫の控訴趣意第一の(イ)(贈賄の点の事実誤認の主張)について。

論旨は、要するに被告人細川が谷口迅央外二名の税務職員にそれぞれ供与した原判示の各金員はいずれも同人らが転任するにあたり社交儀礼上餞別として組合事務所で公然と供与したものであって賄路ではないというのである。

そこで所論にかんがみ記録を調査して検討するのに、原判決挙示の関係証拠によれば、所論の賄路性の点を含めて優に原判示事実を肯認することができ、原判決に所論のような誤りの点は見出せない。

すなわち、右証拠によれば、原判示木本秀治、同谷口迅央、同西岡俊徳はいずれも大和高田市農業協同組合が主たる事務所を置く大和高田市を管轄する葛城税務署の職員であり、同組合理事組合長である被告人細川は同税務署のした同組合に対する税務調査を契機に右木本ら三名の税務職員と知り合ったものであること、昭和四一年一月から二月にかけて行われた同組合に対する法人税申告、所得税源泉徴収の適否についての調査にあたり、右西岡、同谷口の両名は同税務署法人源泉係員として右調査を直接担当し、同木本は同税務署直税課長として右調査の監督指導に当ったものであること、被告人細川は右調査によって同組合に源泉徴収洩れや課税所得の裏帳簿記入の事実のあることを発見された際、課税所得の査定や青色申告取消の猶予方について右三名からそれぞれ好意的な取扱いを受けたことがあること、本件金員の供与はいずれもその数ケ月後であって、右三名がそれぞれ転任するに際し、谷口、西岡の両名に対しては原判示料理旅館「九重」で、木本に対しては原判示同組合事務所においてそれぞれ供与されたものであることが認められ、右の事実に供与を受けた右三名が本件金員についていずれも通常の餞別を超える額であったと述べていることの点もあわせ徴すると所論のいうように公然と供与され、かつ、同組合帳簿に記帳のある出損であっても単なる社交儀礼上の餞別とみることはできず、右金員が税務署職員である前記三名の職務上の行為に対する違法な報酬の性格すなわち賄路性のあることは否定できない。右認定に反し所論にそう被告人細川の原審公判廷における供述部分は措信できない。論旨は理由がない。

同弁護人尾上実夫の控訴趣意第一の(ロ)(業務上横領の点の事実誤認の主張)について。

論旨は、要するに被告人細川には本件現金及び定期貯金証書を自己において取得する必要も意思もなく、しかも現金は定期貯金とし、定期貯金証書はそのまま組合事務所に保管せしめて置いたものであるから不法領得の意思に欠けるとして、これを肯認し、業務上横領罪の成立を認めた原判決は事実を誤認したものであるというのである。

そこで所論にかんがみ記録及び証拠を調査して検討するのに、原判決挙示の関係証拠によれば、原判示事実は不法領得の意思の点を含めて優に肯認することができ、原判決に所論のように誤りは見出せない。

すなわち、業務上横領罪の成立に必要な不法領得の意思とは他人の物の占有者が委託の任務に背いてその物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいうのであって必しも占有者がこれを自己のために利得する意思を必要としないものと解すべきところ、これを本件についてみるのに右証拠によれば、大和高田市農業協同組合では昭和三二年頃から接待費、宣伝広告費、各種補助金その他組合経費の支払に充てるため同組合理事組合長である被告人細川と同組合参事である松並溥の両名が同組合利用者の支払う貸付金等の利息、奈良県信用農業協同組合連合会から受取る定期預金利息等の一部を正規の組合帳簿から除外し、いわゆる簿外資金として別途架空名義の普通預金や定期預金にし被告人細川においてこれを同組合のため保管していたものであること、被告人細川と前記松並の両名は同組合職員に賞与を支給する際右簿外資金からいわゆるプラスアルファー分を支払うことにしてその都度右簿外資金を現金化していたのであるが、自らも右プラスアルファー分名目の金員を取得するため原判示のとおり前後二七回にわたって右保管中の現金合計二一〇万八、〇〇〇円を勝手に自己らのため別途同組合に定期貯金として預け入れてその証書を組合事務所の自己の机の中に入れて保管し、また、右松並が退職の意向をもたらしていた頃の同三九年一〇月頃同人と相謀り退職金の前渡名下に前記簿外資金のうち同組合の定期貯金にしてあった分の原判示架空名義の定期貯金証書五通、額面合計二二一万二、三六五円を勝手に右松並に贈与し、また同証書一〇通、額面合計四三五万円を自己において取得し、その後架空の長浜道夫名義に書替えるなどして自宅に保管していたことが認められるのであって、所論のいうように被告人細川においてこれを利得する意思がなかったとはみられないのみならず、勝手に自己において取得し、あるいは贈与するなどして処分しているのであるから、被告人細川に前記のような不法領得の意思のあったことは否定できないのであって、本件現金及び定期貯金の額が所論のいうように退職金または賞与として組合理事会の承認を得られる額であったとしても右認定を左右するものではない。論旨は理由がない。

同弁護人丸尾芳郎の控訴趣意第二点及び同弁護人尾上実夫の控訴趣意第二(いずれも量刑不当の主張)について。

論旨は、いずれも被告人細川平一に対する原判決の量刑不当を主張し、同被告人に対し刑の執行を猶予されたいというのである。

そこで所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するのに、本件は被告人細川が原判示大和高田農業協同組合組合長として在職中、組合所得の隠ぺいをはかって法人税の支払を免れ、また自己及び組合参事松並溥の個人利益をはかって組合資金を横領し、さらには長期にわたって組合長として業務執行者の任務に違背し特定の営利企業に対し多額の組合資金を貸付けて回収不能の事態を招き同組合に一四億円を超える巨額の財産的損害を負わしめたほか、税務調査担当の税務署職員に対し賄賂を提供した事案であって、各犯行の罪質、動機、態様、特に各犯行が長期にわたり、かつ、法人税の逋脱額、組合資金の横領額及び組合に負わしめた損害額がいずれも多額に及んでいること、組合長である被告人細川が自ら農業協同組合の公共的使命を逸脱し農業協同組合に対する社会的信用を失墜させたことの事情に照らすとその責任は補佐役である参事松並溥や相被告人安井義治の役割を考慮しても極めて重く、また犯情は悪質とみなければならないのであって、本件大和高田農業協同組合が既に逋脱にかかる法人税及び重加算税の全額を支払い、被告人細川が横領にかかる現金及び定期預金証書の全部を返還し、さらに同組合に負わせた損害補填のため総額一、〇四八万円の定期預金及び自己所有の土地、建物等全資産を同組合に提供していること、同組合が農林中央金庫等から預金者保護救済資金の融資を受け、同組合預金者に対する損害負担を一応回避し得ていること、その他被告人の経歴、これまでに同組合に残した功績など所論の事情を十分斟酌しても、被告人細川に対し刑の執行を猶予すべき格別の情状は認められず、原判決の刑が不当に重過ぎるとも考えられない。論旨は理由がない。

被告人安井義治の弁護人中藤幸太郎、同松本武裕の控訴趣意第一、(事実誤認の主張)について。

論旨は要するに、被告人安井には被告人細川から本件貸付を受けるにあたり同人をして組合長としての任務に背かしめることの認識も、同組合に損害を生ぜしめることの認識もなく、また同人の本件貸付目的が進弘企業株式会社の利益を図ることにあったことの認識もなかったし、さらに融資を受ける側として融資者である被告人細川に融資を依頼したに過ぎず、同人の背任行為に加担する意思もなかったとして犯意と共謀関係を否定し、これを肯認した原判決には事実誤認があるというのである。

そこで所論にかんがみ記録及び証拠を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するのに、原判決挙示の証拠によれば、犯意と共謀関係を含めて優に原判示事実を肯認することができ、原判決に所論のような誤りは見出せない。

すなわち、右証拠によれば、

一、被告人安井は昭和三〇年九月大和高田市大字三倉堂に本店を置き水道工事施工請負等を営業目的とする進弘企業株式会社を設立して代表取締役社長に就任し右事業の遂行に当っていたが、事業資金の必要上昭和三三年三月頃同市市会議員戸谷秀太郎の紹介で同市農業協同組合長である被告人細川に対し同組合資金の融資を懇請した結果、被告人細川から被告人安井が同組合に出資して準組合員になりその個人名義で貸付をすることの承諾を受け引き続き被告人安井名義で貸付を受けて同会社の事業資金として使用し、当初は主として奈良県下で水道給水工事、簡易水道工事の施工請負に当り、ついで受注量減少のため同三六年大阪市内に支店を設置し営業範囲を近畿一円に拡張したものの同地域では新規の業者であったことと競争同業者も多かったため工事請負による利益率が極端に低下し時には出血受注も余儀なくされ、さらに人件費、材料代の高騰、借入金の支払利息の増加も加わり、また下請業者の倒産や営業担当者が贈賄事件で検挙されて業者の指名停止を受けるなどの悪条件が重なったためいきおい近畿一円以外に名古屋、広島、仙台、福岡、高松、東京等に支店、営業所を設置して事業範囲を拡大していったが業績が上らず、同三七年以降毎年赤字経営を続けていたこと、

二、その間被告人安井は前記のような個人借入名義では会社の計理上支障があり、税務署の調査でもその点の指摘を受けたため被告人細川に懇請し、同三四年頃から同会社名義で融資を受けることにして貰い引き続き同会社の必要資金の大半の融資を受け、その額、回数も次第に増加したが、返済が十分出来ないため借入金残額も急速に増加し、同組合の要請により同三六年四月以降工事収入金予定表を作成提出して必要資金の融資を受けたものの右収入金予定表の記載も工事現場からの工事出来高報告と請負金額とを参照し、かつ、予定必要資金額を加味して算出した極めて不確実なものであって到底同表に記載の予定収入金を返済に回わせ得るものとならなかったため、同三八年六月末現在において二億三、〇〇五万円の借入金残高を招き、これらに対する担保もそれまで被告人細川から度々要求を受けながら極度額一、〇〇〇万円の不動産上の根抵当のほか定期貯金、定期積金払込済金合計五、九一三万余円を提供しているにとどまっていたところ、その頃被告人安井は前記のとおり同会社が赤字経営であったうえ、増大した借入金とそれに対する日歩二銭八厘に及ぶ利息の支払負担に耐えられず、その負担を軽減するため株式会社三和銀行高田支店に当時担保として提供可能であった全物件、すなわち同市藤ノ森に所在する父安井杉松、兄安井清勝、義弟当麻恵司ら所有の土地建物を担保として提供し同銀行から低利の融資を受けて実際上同組合に対する前記借入金の肩替りを企図したが、同銀行から既に同組合に提供してあった被告人安井所有の同市三倉堂所在不動産の担保提供を要求されたため結局同銀行からの融資も不成功に終り、他に資金繰りの途もなかったため、止むなく同組合に対し右藤ノ森所在の不動産上に極度三、〇〇〇万円とする代物弁済予約付きの根抵当権を設定し、さらに既に提供済の前記三倉堂所在不動産上の根抵当権の極度額を三、〇〇〇万円に増額し、さらに不利な両建貯金の要求まで受けいれたうえ、それまで同会社の借入名義であったのをその後は、同会社、被告人安井個人、前記安井清勝個人等の各借入名義に分割して原判示のとおり同三八年七月五日から同四三年二月一〇日までの間前後二九五回にわたりいずれも被告人安井の融資申入れにより総額六八億四、四一一万九、七八〇円の貸付を受け、その間前後二九九回にわたり合計五一億一、三八六万九、七八〇円を支払ったのみで一九億六、〇三〇万円の借入金残額を生じ、それまでに担保として追加提供した被告人安井所有山林八反歩上の極度額一、〇〇〇万円の根抵当や定期貯金、定期積金払込済金等原判示の担保額四億九、二〇三万九、九二二円との差額一四億六、八二六万〇〇七八円につき同組合をして回収不能の状態を招来したものであること、の各事実が認められるのであって、右のように同会社に対する当初の貸付が被告人安井を準組合員とした個人名義でありその後会社名義に変更されたものであること、貸付残額の増加により貸付名義を同会社ほか三名として貸付残額の分散をはかったとみられること、同組合側の担保要求が所論のいうように緩慢なものではなく、むしろ強くに要求されていたのに被告人安井や同会社側にそれに応ずるだけの能力がなかったこと、昭和三七年以降の同会社の経営状態特に事業遂行による利益率が低下する反面借入金の返済や支払利息の負担が増加して赤字経営のうえ他金融機関からの融資も受けられない状況下であるのに同三八年七月以降さらに金利負担の増大を招く両建貯金を開始して十分な担保提供もないまま必要資金の融資方を懇請して被告人細川からその融資を受けていたもので所論のいうように被告人細川からの融資申出でではないことの点に徴すると、被告人安井が検察官に対する供述調書において、被告人細川の本件貸付行為が同組合理事組合長として営利法人に対する貸付の点と具体的な限度額は不明であっても何らかの制限額を超え、しかも十分な担保をとっていない点で任務違背となることや、本件貸付により貸付資金の回収不能の事態を招く危険性のあることを認識していたという趣旨の供述部分も所論のいうように不自然不合理な供述で信用できないものとするいわれはなく、結局本件貸付につき被告人安井に同被告人が供述するような被告人細川の任務違背性の認識と損害発生の未必的認識のあったことは否定できないところであり、背任罪の成立には右の程度の認識をもって足りると解されるし、また、本件貸付が同会社に対する融資であって同会社が利益を受ける立場にあることは明らかであるから、かかる貸付をした被告人細川とその貸付を懇請した被告人安井とに同会社を利することについて共通の目的のあったことも否定することはできない。また、右のような認識と目的を有する被告人安井が被告人細川に懇請して本件貸付を承諾させ実行せしめた以上所論のいうように単なる融資者に対する融資申込とみることはできず、被告人安井において被告人細川の背任行為に共同加功する意思があったと認めるのが相当であり、右認定に反する被告人安井及び同細川の原審公判廷における各供述部分は措信できない。

所論は、被告人安井に被告人細川の任務違背性の認識がなかったことの根拠として、農業協同組合が組合資金を営利法人に融資することは一般によくみられることであるし、被告人細川の担保要求も本件で同被告人が逮捕されるまでそれ以前に被告人安井が提供を申出でて権利証まで渡してあった長野県軽井沢町及び兵庫県南淡町の土地について抵当権の設定登記すらしていない程緩慢であり、また、本件貸付には市会議員戸谷秀太郎の人的保証が継続していたとみられるのであるから同被告人に定款違反や十分な担保をとらないことの任務違反があろうなどとは認識し得べき状況になかったといい、また被告人安井に損害発生の認識のなかったことの根拠として同被告人の事業拡張に向けられた積極的な態度を指摘するけれども、右のような農業協同組合の資金運用の実態をとらえて組合役員の任務違背性を否定することはできないし、また記録によっても、所論にいう軽井沢及び南淡町の土地は昭和四二年一二月から同四三年一月頃まで他の金融機関に担保として差入れてあったものでその頃ようやく担保の返還を受けたため順次その権利証を同組合に渡していたものの抵当権設定に必要な委任状や印鑑証明書までは未だ交付していなかったものであるし、市会議員戸谷秀太郎の個人保証の点も本件貸付にあたり被告人安井や同会社の計理担当者が約束手形の裏面に右戸谷の氏名を記名押印していたもので、もとより同組合と戸谷との間に同人が本件貸付金の支払を約した旨の何らの契約も存在していないのであるから同人の個人保証があるものとみることはできないから右の所論は前提を欠くものであり、また所論のような被告人安井の経営態度があったからといって前記認定を左右するものではない。論旨は理由がない。

同弁護人中藤幸太郎、同松本武裕の控訴趣意第二(量刑不当の主張)について。

論旨は、被告人安井義治に対する原判決の量刑不当を主張し、被告人安井に対し刑の執行を猶予されたいというのである。

そこで所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するのに、本件は、進弘企業株式会社の代表取締役社長である被告人安井が十分な担保を提供しないまま大和高田市農業協同組合の組合長である被告人細川に対し経営の実態を明らかにしないで同会社への多額の融資方を懇請し、その貸付が組合長である被告人細川の任務に違背する不良貸付であることを知りながら同被告人の背任行為に加担し多数回にわたって多額の組合資金の貸付を受け、その返済不能の事態を招いて同組合に損害を負わせた事案であって、犯行の罪質、動機、態様、殊に犯行の期間が四年有半を超え、しかも公共的使命を有する農業協同組合の資金を営利事業に間断なく投入し、いたずらに損失を増大させたものであり、同組合に負わせた損害額も一四億円を超える巨額なものに及んで同組合の存続に重大な脅威を与えたことの事情に照らすと、同組合からの貸付金の返済ができなかった原因に所論のような事情が存したとしても犯情を軽視することはできず、被告人安井の責任は重大であるといわなければならず、これまでに提供した担保物の処分のほか同組合が同会社の破産宣告後配当金の支払を受けたこと等により貸付未回収金一九億四、〇三〇万円のうち約六億九、〇〇〇万円近くを補填し、なお一部未処分の不動産担保を残していること、同組合が農林中央金庫等から預金者保護救済資金の融資を受け組合員預金者への損失負担を回避し得たこと等の事情を被告人安井に有利な事情として斟酌しても被告人安井に対し刑の執行を猶予すべき格別の情状も認められず、原判決の刑が不当に重過ぎるとも考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田敬二郎 裁判官 青野平 裁判長裁判官八木直道は転任のため署名押印できない。裁判官 山田敬二郎)

昭和四九年(う)第一〇五一号

控訴趣意書

背任等 細川平一

頭書被告事件に付左記の通り控訴の趣意を陳述します

左記

第一 原審判決認認定事実について

(イ) 贈賄。谷口迅夫外二名の税務職員に対する贈賄であるが、何れも税務職員が転任に際し、高田農業協同組合(以下高田農協とす)に挨拶に来た際餞別として金員を慰斗袋に入れて渡したものである。高田農協の帳簿にも餞別として記載があり、又その金額も餞別として相応額である。高田農協に於ては市役所その他公務員に対してもかかる場合餞別を渡した前例があり、通常職罪に見受けられる秘密性がない。単なる儀礼的なもので違法性のないものと考えられる。

(ロ) 業務上横領罪。参事松並溥が自己に金の必要なことから退職金の前借又は夏期及び年末の賞与名義で取得することを考案したことであるが同人は自己が取得するには組合長たる被告人にも自己同様に取得せしめる必要があったため行われたものである。然し被告人は金の必要がなかったので松並から受取った定期預金証書はその儘に又賞与名下の金員に定期預金証書にして何れも高田農協の金庫に保管せしめて居た。退職金及び賞与は計算上妥当な金額であり理事会に提案すれば議決されるものと考えられるところである。被告人については領得の意思について疑問があると考えられる。

(ハ) 背任。農業協同組合財務処理基準令に違反した貸付であることについては異議はない。第一番の弁論要旨に詳説した如くかかる貸付は巷間によく行われて居るところであり、これによって農協が本来の目的を達して居るとも考えられる。被告人もこれによって組合の経済的余裕を計り、ひいては組合員に対する最大奉仕を目標として行ったのである。従て高田農協に対し損害を加える目的は毛頭にない。又この貸付によって被告人が何等の利益を得て居ないことも記録上明らかである。然らば右貸付が背任罪を構成するや否やは第三者即ち進弘産業又はその代表者である安井義治の利益を図る目的の下になされたか否かにある。成る程右安井義治に貸付を懇願された事実はあるが、被告人は進弘産業及安井義治の業態を充分調査した上で堅実な企業であり、回収確実なりとの判断の下に高田農協の繁栄のため本件貸付に決裁を与えたのである。若し本件貸付に非ありとすれば高田農協用の粉飾決算書を作成して被告人を欺罔した安井義治にあると謂うべきで、被告人及び高田農協こそ詐欺罪の被害者であると考えられる。その詳細は相弁護人が第一審に於ける弁論要旨に詳細するところであり、背任罪は構成しないとの主張をなすものである。

(ニ) 法人税法。この点については異議にない。

第二 情状論

結論として被告人に刑事上の責任のあることは免れない。第一審判決は被告人に対し懲役三年の実刑を言渡したのであるが右判決は以下述べる情状を斟酌するときは重きに失する。是非刑の執行猶予の恩典を賜りたく念願するものである。

(イ) 前記第一に於て各事実に付陳述した点は犯罪の成否に係る重要なことと考えるが、それでも尚犯罪が構成するとすれば情状として大いに考慮して頂きたく考える。

(ロ) 本件数個の事犯は被告人が参事松並溥の経験年功を信頼して同人に一任した余りに生じたものと考える。

農業協同組合に於ける組合長及び参事の職責については第一審に提出した弁論要旨に於て陳述したところであるがその要旨は「組合長は地区内の中小農業者の信望を集め得る地区内の第一級の人物であらねばならない。財政的な経歴や素養よりは地域内の尊敬を集め得る人物を必要として居る。従て農業協同組合には参事の選任を予定し、その登記を要求して商法上の支配人と同様の権限を与えて居るのである。即ち参事は組合長に代って農協の営業に関する一切の裁判上及び裁判外の行為をなす権限を有して居るのである。実状に於ても参事は組合業務の統卒者として相応しい人物を求めて居り、又県内に於ける農協も管内全参事の会同を開催して業務の運営に付意思の疎通を計り実状を連絡し合って居るのである。従て組合業務の執行については遙かに組合長に優る閲歴と経験を有して居るのである」と陳述したが茲に於て更にこれを援用する。高田農協に於ても同様で参事松並溥は産業組合法時代から組合の信用業務に専念して居り又年令的にも被告人よりは可成年長で被告人が参事を指揮することは全くなく、却て参事に業務執行を一任して居た状況であった。そのことが本件発生の原因であったと考えられる。

(ハ) 本件発生に不拘被告人が高田農協のため尽した功績は顕著なものがあり、そのことは組合員多数の認めるところである。

被告人は高田農協の発展には極めて熱意を持って居た。そのことも前掲弁論要旨於て詳述したが、被告人の組合長就任当時総預金高二千万円程度であったものが退任当時に於ては三十億円を超過し、又外観的にも事務所の新築支所の増設等面目を一新し、名実ともに県下に於て、一、二を争う大農協にまで発展せしめた。これ偏えに被告人の人格と熱意の賜に外ならないと考える。

(ニ) 高田農協には大阪国税局より相当多額な追徴金と重加算税を課せられたが当時これは全納した。又第一審判決に於て言渡された罰金額についても奈良地方検察庁より納付命令があるや直ちに納付した。

(ホ) 被告人が高田農協に対して示した誠意について陳述する。

業務上横領については、被害物件は悉くその儘高田農協内に所持して居たので全部返還した。

背任については自己所有の全不動産に付高田農協に対し所有権移転請求権の仮登記及び抵当権を設定した。即ち

(イ) 高田市大字高田一四〇五番地の一所在

居宅一棟

(ロ) 同大字字ハヤシド一四〇五番地の一

田 九九一・七三平方米

(ハ) 同大字字ノリモト一三九四番地

畑 七六三平方米

(ニ) 同大字字ネンブッダ一二七八番地の一

田 一〇五七平方米

(ホ) 同字 一二七八番地の三

宅地七九三・七〇平方米

(ヘ) 同字 一二七九番地

畑 五二平方米

(ト) 同字字ホウヤ 一三九二番地の一

田 一〇四一平方米

以上合計居宅一棟、田三〇八九・七三平方米宅地七九三・七〇平方米、畑八一五平方米である。尚預金者保護制度により金十億円が農林中金より高田農協に対して支給されて居るため、これ等の物件は農林中金にも差入れられて居る。充も前記(ホ)については所有権移転の本登記をすませて居る。それ等の登記簿謄本は末尾に添付する。

(ヘ) 最後に本件についての所感を陳述して被告人のため御寛大な裁判のあることを願うものである。

本件起訴事実の中、被告人が最も苦悩して居るところは背任事件についてである。被告人は心底から高田農協を愛し、又その発展を心から日夜念願して働いたのであるが、その結果が不幸な現状となり、更には自分の信頼して業務を任せて居た参事が実情を語らずに責任を感じて自殺したことを追想して日夜涙して居るのである。基準令及び定款に違反した貸付は仮令各地の農協で縷々行われて居るとは謂え、かかる結果ともなれば許さるべきことではない。被告人が進弘産業の得意先の殆んどが公共団体で請負代金の回収が確実であると考え、又決算書を調査し、或は誓約書を差入れしめて約束通りの返済を誓わせる等慎重な取扱をなしたとしても農協の最高責任者としては責めらるべきものとも考える。唯相被告人である安井義治が高田農協のみに提出するための粉飾決算書を作成して被告人を欺罔した点は被告人以上に責めらるべきであり、更に多額の金員が如何に処分されたか、又得意先が確実であるに不拘、何故かかる莫大な金員が損失となったかについては遂に捜査段階に於て解明することは出来なかった。事実審理の終局になるにつれ心残りのする点である。このことは相被告人安井義治のみが知る謎と言うべきであると弁護人のみならずこの件に関心を持つものの考えて居るところである。

被告人細川は私利私欲を離れ献身的に高田農協のため日夜尽力した結果が、不幸にも現在被告人として審理を受け又自己の全財産を同農協に提受するに至って居るもので誠に気の毒な状態にある。

幸にして高田農協は農林中金より保護者制度による援助があったとは謂え、その後順調と言い得べき現状にある。このことは被告人にとっても幾分心の慰めである。

以上控訴の趣意を陳述します。

昭和四十九年十月二十八日

右被告人弁護人

弁護士 尾上実夫

大阪高等裁判所

第七刑事部御中

控訴趣意書

背任等 被告人 細川平一

右の者に対する頭書被告事件の控訴趣意は次のとおりである。

弁護人 丸尾芳郎

昭和四九年一〇月二八日

大阪高等裁判所 御中

第一点 原判決は明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認がある。

背任罪について

一、原判決は被告人の背任事実における「高田農協に損害を及ぼす認識」について次のとおり判示している。

即ち

「前記会社(進弘企業株式会社)からの貸付金回収は右安井(右会社の代表取締役)をはじめとする同会社責任者らの確約にもかかわらず常に滞りがちで同会社の経営が順調でないことが容易に推測でき、このうえ確実な担保を追加させることなく貸付を継続し、あるいは増額するにおいては多額の貸付金について回収不能の事態を招来する危険のあることを認識しながら」

とある。

然しながら、被告人は右判示のように「回収不能の事態を招来する危険のあったことを認識した」事実はない。

この点につき次に詳述する。

被告人は前記会社よりの返済が常に滞りがちであったことは、従って同会社の経営が必らずしも順調でなく(此の点について後述する)場合によっては回収不能の事態を招集する危険性を認識したかも知れないが然し、「まあそれでよいわ」と云う考えで貸付けを続けたものではなく、そのような心配はあったがまさか同会社が倒産してこれ迄の貸付金か回収出来なくなるとは考え及びも付かなかったものである。

従って回収不能の結果を招来したのは被告人の過失(認識ある過失)に基くものであって故意犯と云う事は出来ない。

以下その理由を述べる。

(一) 被告人が融資した相手先である進弘企業株式会社は、その得意先の殆んどは官庁であったこと

1. 官庁関係の仕事を請負う会社には赤字会社はあり得ないこと(赤字会社では指名がとれない)。

2. 官庁は起債の都合等で支払が遅れても必ず完済されること

3. 官庁が倒産することはあり得ないこと。

以上の事実は、被告人が基本的に進弘企業を信頼していた最大の要素であり、松並参事の「進弘企業に貸しているのは預金しているようなもの」との比喩的言葉も亦(被告人の上申書)妥当だと考えるべき状況の下にあったこと。

(二) 進弘企業は遂次、大阪、名古屋、東京等に進出し、その企業を拡大すると共に、水道工事の本業以外にも不動産部を設け或いはマンション、クラブ等を経営し、多角的に発展しているが如き観を呈していたこと。

(三) 次々に増資を重ねていったこと。増資をする会社は通常発展していると思われること。

(四) 進弘企業は三和銀行、富士銀行、南都銀行等金融のベテラン専門業者よりも金融を受けており、かかる業者は専門的な調査機関もあり、経験も深いのでこのような一流金融業者が金融をしている相手であることも被告人を信用せしめた一要素であったこと。

(五) 貸付けに当っては、ただ慢然と貸付けていたものではなく、常に回収可能な資金繰表を提出せしめていたこと。

(六) 同企業は常に金利を確実に入金していたこと。

(七) 返済予定が遅れた際は、その理由を質し、或いは誓約書を徴して確約を得るよう努めていたこと。

(八) 進弘企業の経営につき、前記の通り基本的にその得意先が最も確実な官庁であり、貸付けにあたり常に極度の高い資金繰表により、これを信じて金融していたが、経営自体についても常に社長安井義治、経理担当の市川等が「経営は順調に進んでいる」と黒字報告をしていたこと。

又、被告人は進弘企業の社長安井義治に対し、同人が高田市役所の水道係長をしていた人で、同市の名士である市会議員戸谷氏の紹介によるものであったことより、同人を痛く信用(担保提供に際しての紳士的態度を見よ)していたこと。

以上、諸般の事実より被告人が高田農協に損害を及ぼす認識のなかった点について、その理由を列挙したのであるが一面被告人が高田農協初まって以来の多額の金融をするについては未だ経験、知識、才覚において欠くる点がなかったとは言いがたく、結果的には同人について相当な欠陥があったといえよう。

しかしながら、唯ひたすら農協の発展に身を呈して来た被告人において、その性格は農家出身らしく誠実質朴であるが故に表面的な進弘企業の動きや、安井社長等の言辞にまどわされ、自ら同企業が年々赤字で倒産に瀕して回収不能とは気付く由もなく、従ってそれを認識しながら金融を続けていたとは到底考慮し得ないことである。

捜査当時、検察官に対し、「倒産と瀕していることを知り乍ら金融を続けた」との旨供述しているが、被告人が進弘企業に金融することによりリベート等何らかの個人的利益を得ていた場合ならともかく、個人的には一銭一厘の利益も得て居らず、二十年来ただ一筋にこの農協の発展を希求して止まなかった被告人が何が故に進弘企業のため回収不能とわかりきった金融をするのであろうか。

このことは被告人が身柄を拘束されて取調べを受け、業務上横領脱税贈賄等でその罪を指摘され全く深く負目を感じている上長期の拘束と言う状況下においては、被告人は全く骨無し同様となり、かかる拘束より逃れたいため取調官に迎合する心情となっているため、その事実が全く存在しないものについての取調べならともかく、それに近い事実が存在する場合にはそれらの事実についての供述は質問の仕方、簡単な誘導によって如何様にでもなり得るものである。

従って、検察官たるもの、かかる時期にある既定の事実を想定しそれに副う如き供述調書を作成することは極めて容易なことである。要は検察官が客観的諸状況に照らして何が真実であるかを見極めて調書を取らねばならないであろう。

だから事柄は検察官調書に記載されているからといって、それが強制によるものでないからと言って、必ずしも真相を訴えているものとは言えないと言うことである。

被告人が原審公廷で明らかにしている如く、「取調べに当り進弘企業が赤字になっている旨を知らされ、特に逮捕前に返済予定されていた金員が取調べ中に実行されていない事実等より又同社が紛飾決算をしていた事実を教えられ、なるほど進弘企業が赤字会社で回収見込みの薄い会社であったことが判り、一層被告人自身の貸付けについての見透しの誤っていたことを痛感し、ここにおいて「検事様のおっしゃることはごもっともだ」とばかり恐れ入り、その心境がそのまま過去の取引き時代の心境として調書となったものである」との旨陳べているが、蓋し真実を物語っているものと言えよう。

尚、原審立会検察官は、その論告において進弘企業の黒字決算書に付年代毎に数字を挙げて検討を加えておられるので、その点についても触れて置くことにする。

検察官は、昭和三九年三月朝、昭和四〇年三月朝、昭和四二年三月朝のB/Sの借入金につきその過少なる事実を指摘し「一見すれば赤字だとわかる」と断定しておられる。

然し乍ら、進弘企業が紛飾決算したB/Sには、一般及び銀行用と高田農協用とは異なったものであることに先づ注意を払うべきである。

即ち、進弘企業から押収された「高田農協関係綴」にある高田農協用の昭和四二年三月期のB/Sと同じ進弘企業より押収された一般用及び銀行用の同年同期のB/S(符四九五号の四)を比較してみれば、この事は直ちに判明しよう。次の如し

負債の部

農協用 一般用

一、支払手形金額 同上金額

二、買掛金額 該当なし

三、借入金 九九三、〇〇〇、〇〇〇円 三九三、〇〇〇、〇〇〇円

四、未払金 四九、九一三、四二〇円 二四、六五一、四六三円

五、未払金 同上金額

六、未成工事受入金 三九九、九七〇円 一九九、七〇〇円

七、預り金 同上金額

八、その他 同上金額

利益 七、一五四、〇二八円 七、一五四、〇二八円

となっている。

而も、農協用のB/Sは証拠上も昭和四二年度のみであり、一般銀行は各年毎である。(被告人細川、同安井の本人尋問参照)

昭和四二年の農協用の借入金の金額九九三、〇〇〇、〇〇〇円は進弘企業の農協よりの借入金(被告人安井義治の昭和四三年六月六日付供述調書添付の進弘企業株式会社に対する貸付け一覧表)八四五、〇〇〇、〇〇〇円に比して過少と言うを得ず、返って検察官引用の昭和三九年、同四〇年の借入金は前者が一八二、〇〇〇、〇〇〇円、後者が二三九、〇〇〇、〇〇〇円であるに比し、進弘企業の借入金は前者が二三五、九五〇、〇〇〇円、後者が四七九、四五〇、〇〇〇円で、何れも半額近く過少である。

成る程、これら昭和三九年、同四〇年後のB/Sに関する限り検察官の言う「一見すれば赤字と分る」と言い得よう。然し乍ら、これらは何れも一般及び銀行用で農協用と区別され、農協に提出されていないので、被告人細川には判りようがない訳である。

昭和四二年の農協用B/Sは農協に提出されたとは思われるが被告人細川は残念ながら経理知識が浅薄であったため自らはB/Sを充分検討せず(被告人細川の本人尋問)(被告人安井の本人尋問「決算の内容については吟味を受けてない」との供述)、従って黒字であるとの結果のみを聞いて承知していたものと思料される。

もっとも、昭和四八年三月二三日の公判で検察官より「進弘企業よりの紛飾決算書は借入金が極めて少ないではないか、それを見れば赤字とすぐ判る筈」だと指適された。これは立会検察官のするどい発見と言えよう。何故なら捜査検察官もこの点に気付いて調書を作成したものと思われる節がないからである。細川被告人も同様、そのようなことを考えもしていなかったからである。

立会検事の右指摘に驚いた被告人は後日記録を借出し、右進弘企業の紛飾B/Sを子細に検討してみたところ、成る程借入金が過少に記載されていたことが判ったが、その際右B/Sは高田農協用と一般及び銀行用と区別があることをも発見したそこで、昭和四二年の農協用B/Sは、少くとも進弘企業株式会社のB/Sとしては過少でない旨を公判で明らかにして置いた次第である。

又、検察官の指摘する個人に対する借入金については、被告人も「どのように使ったかは判らない」と述べている如く、進弘企業の安井社長は本業の水道事業以外にも各方面に投資したり、不動産を買ったり、マンション、クラブ等も経営していたので、細川被告人としてはそれら本業の事業以外の貸金等に使用されていると考えていたとも言えよう。

以上詳述した如く、何れの点より見ても細川被告人は同企業より返済が遅れがちであったこと、貸出し金額が余りにも多額であったことより心配の種は絶えなかったであろうが、まさか進弘企業が倒産し貸金回収が出来なくなるとは考えなかったとするのが最も真相に近いものと言わざるを得ないのではないか。かく信ぜざるを得ない次第である。

二、被告人は主として高田農協を利する目的で本件貸付けを行ったものである。

被告人は高田農協創設頭初より、同農協の業務理事となり、更に二代目組合長となってから身を逞して農協の為にのみ働き続け、その発展と共に被告人の存在があったと言い得べく、被告人の一生は高田農協に捧げられたものであったことは公知の事実と言えよう。(証人当麻平助の証言、被告人の上申書、被告人に対する表彰状、感謝状の存在、奈良日々新聞の記事-昭和四〇年四月二四日、同昭和四二年五月一〇日付)

更に被告人は、

1. 進弘企業に貸付けについて、一銭一厘もリベート等その他の謝礼を得た事実のないこと。

2. 組合としては、一般市中銀行より割高の金利を得ていたこと特に進弘企業に便宜を計ったものではないこと。

3. 貸付けの拡大は、農協として最大収益源と考えていたこと。

4. 同社より返済が遅れると上級機関である県信連への約束が守られず、農協の信用をおとすので安井社長に対し、常に「農協の信用を考えて下さい」と申述べていること。(被告人の上申書)

5. 被告人の経験、知識、才覚の不足より本件の如く多大の貸金残を残すに至ったとは言え、担保の提供、資金繰表の提出、誓約書、徴収等被告人としても出来得る最大限の労力をしていたこと。

等諸事情を総合判断すれば、被告人が高田農協を利する目的であり、進弘企業に金融し同社が金融の便宜を得たのは、右農協の事業推進の反射的効果と言うのであろう。

以上、何れの点よりするも原判決は明らかに判決に影響を及ぼす誤認があり破棄を免れない。

第二点

背任以外の公訴事実は何れも被告人の認めているところであります。

一、贈賄について

なる程立会検察官が論告で主張されている様に収賄者である大木、西岡、谷口らより色々と御世話になったことはあるであろう。然しそのことに対し御礼をするのであればその様な御世話になった直後に礼をしなければ効果はないであろう。感謝の気持ちはあったが、相手は公務員だから誠意を表して置けばよいと思いそのままとなっていた。従って相手方が在任して居れば当然そのままとなっていた筈であります。

ところが被告人としては思いもかけず昭和四一年六月三〇日、同年七月七日同人らが夫々転勤することとなり、転勤後夫々挨拶に来られたので餞別を提供したものに過ぎない。

ただ金額がやや多過ぎたかも知れない。被告人の心底には前に御世話になった謝意があったかも知れない。

然し、既に御世話になって相当な長期間も経過して居り、転勤という予知もしてない偶然の契機であったので被告人としては殆んど犯罪意識もないまま従来の慣例に従って農協よりの経費より公然と餞別として提供したものである。その証左として何れも正規の伝票を切り帳簿上処理されていたものであります。便宜取扱と謝礼との間に因果関係はありとしても極めて偶発的でありその犯情は軽微と言わねばならない。

二、業務上横領

(一) 昭和四三年五月二日付起訴状の事実は裏ボーナスとして被告人が受領したものであります。裏ボーナスは農協の業績も上ったので職員一同にも裏ボーナスを出したがその際、被告人等の裏ボーナスは他の職員に比し高額であったことは否めない。然し、当時同組合の理事であった当麻平助氏の証言によれば、機密費もなく交際費もない組合長とすれば、当時の業績から見ればその程度の裏ボーナスは決して多過ぎない旨証言している。

国税局はこの裏ボーナスを容認せず自動的に刑事犯として問擬されるに至ったものであります。当時勿論被告人が自己の裏ボーナスを積極的に主張したものでなかった点については被告人の上申書、本人尋問により明らかであろう。即ち被告人は経済的にも豊かであり別にこれら裏ボーナスを横領して迄領得する必要動機が全くなかったからであります。「動機のない処犯罪はない」と言われる程であり、従って被告人は受領した金員は自己の所属する農協にそっくりそのまま預金し一銭も費消して居らないし使う意思もなかったので農協としては、それらの金員は被告人に対し支出されたとは言え直ちに実質上返還されて、組合資金として運転された訳ですから実質上は殆んど損害はなかったと言えましょう。

又、これは本件検挙後そのまま全額返還されて実害はなきに至りました。

(二) 昭和四三年三月二三日付起訴状の事実は退職金の前渡しであります。

これは松並参事が高齢でもあり、近く退職することとなるであろうが、当時孫の結婚資金を必要としたため、退職金の前渡しをして欲しいの申出があり、貸付金として前渡しならよいと答えたが、先輩格である松並参事のたっての要望により一応退職金の前渡しとしてその際同人の強い進めに被告人もこれに同調したものであります。

これらの被害も全部弁償され実害はないことになりました。

三、脱税

参事の発案にかかり同人の具体的指示行為により本件が行なわれたものである点御考慮願い度い。

四、背任

背任罪については無罪を主張しているところでありますが、仮に、有罪だとしましても、前記背任罪の項で詳述した諸点、即ち高田農協に損害を及ぼす認識は極めて少なかったこと。その動機は全く同農協を利する意企から出たものであったこと。原審の証人当麻平助氏も当公廷で「この度の不祥事件は組合長さんが知り組合の発展を急がれたために起ったことだと思います」と証言しているとおりである。

これらの諸点を情状として御勘案願い度い。

更に特に申し上げたいことは高田農協は進弘企業より喰い物にされたと言う被害者であり、被告人はその被害者の代表者であったと言うことです。

なる程、田舎者の被告人が貸付けについて力量不足であったことは認めます。然しながら、高田農協一筋に生きてきた朴訥な被告人に対し進弘企業の経営者等は、言葉巧みに「工事の相手は官庁であり代金は確実に回収できる。」「自己会社の経営は順調に進んでいる。」と同人を申し欺き紛飾の決算書や、水増しの資金繰表を示して、赤字経営の実態を秘し、被告人より貸付金名下に多額の金員を引出しておるのであります。さればこそ、大和タイムス(昭和四三年九月二十日付)は「農協を喰った進弘企業」との記事を掲載し原告弁論要旨書添付の同紙の如く論評を加えている次第であります。

更に、一歩進めれば本件は、当地裁に係属中の稲垣雅彦に対する恐喝、宅建法違反事件に関連して被告人も取調べを受けその後、脱税、横領等に発展し遂に背任罪に及んだものであるが逆に進弘企業の倒産と言う出来事より当局が捜査に入っておれば本件背任罪に関する限り、高田農協は同社より喰い物にされた被害者として被告人も同被害者の参考人としての地位に止ったのではないかとも考えられる次第であります。次に損害の補填状況について申し上げます。原審の証人大西吉美の証言にある如く、損害の当事者である高田農協としてはその手形貸付金記入帳、総勘定元帳の進弘企業未処理債権勘定等により明らかな如くその残額は二億六千二百九十四万五千百十一円としている。

その内十億円は特別勘定となっているが、これは預金者保護制度により補充されるべく預金者保護制度の目的から言って本件のような場合にこそこれを適用すべきですから客観的には損害は補填されたことになるであろう。

又、担保物件、代物弁済物件を、その当時の評価にするか、清算型として換価の際に充当するかの問題はあるとしても、直接の被害者である高田農協の意思として前記の如く帳簿上処理している事実をとくと御賢察願い度い。

又、被告人の提供した定期預金、不動産の評価等よりこれを残損害の弁済に勘案充当すると、残高は四千九百三十五万八千三十七円となります。更に、被告人時代に生じた含み資産より出来ている貸倒引当金六千万円をこれに引当てれば損害は零と言うことになります。勿論これは被告人の力のみによったものではありませんが、被告人としては全財産を投げ出し誠意の限りを尽して居り、幸い組合員には全く御迷惑を及ぼさなかった点に本件の最も救いがあったのではないかと感ずる次第であります。

五、最後に被告人の人格、功績についてであります。

被告人は農家の人として生れ、高田農協を創設し、第二代組合長となり同組合に生涯を捧げました。

同人が組合長となってより同組合はすばらしい発展を続けました。これによって同組合には前後二三回にわたり表彰状、感謝状を受けました。又、被告人個人としては「農地制度改革に努力し、消防業務の重責を完うし、健康保険、更生年金保険事業の発展に努力し、ボーイスカウトの育成に貢献し、民生委員、児童委員として社会福祉に尽萃し、農家の指導育成に努める」等幾多の功績によりその受けた感謝状、表彰状も二一回の多きに及んでおります。

又、被告人が、金をなくして修学旅行にいけないと困っていた中学生におくった餞金はささやかではあるが、まことに心温まる行為として、当時の各新聞紙上にも掲載されましたが、更にこれを読んだ読者より、「涙がこぼれたまま止らない実に久方振りに貴い明るい記事は見せて頂き、衷心より合嘗させて頂きます。鳴呼、有難う有難う云々」との讃辞の手紙を寄せて来ました。被告人の片鱗を知るよすがと言えましよう。

被告人は高田農協を創設し二十年来農協とともに生きてきましたが、今回計らずも回復し難い大きな汚点を残しました。そして同農協の信用を害しました。

しかしながら、被告人は罪の深さを充分に目覚し、長年月に渡る公判を通じ、心は常に苛なまれ十字架を背負て茨の道を歩き続ける毎日であり、社会的には十二分の制裁を受けました。

又、被告人はその全財産を投げ出し裸になりました。幸い組合員の皆様には実害をかけることなくすみました。

世論も被告人同情的であります。

何卒被告人に対し累述の諸情状を御賢察賜り、老後余生も少ない同人に対し心温まる御判決を戴き度く、何卒執行猶予の御寛刑を賜るように伏して御願申上げます。

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